本丸の景趣は穏やかな日常の本丸から小暑による蓮の景趣へと様変わりした。「四季を感じられる余裕があるのならばそれを味わうべきだ」と主が気まぐれに変える本丸の景色だが、それでも青い桜の花弁は必ずどこからか流れてくる。そのためにこの本丸は青桜の本丸と呼ばれている。
青桜の本丸の小狐丸と三日月宗近は強い執着の糸によって絡み合っている。望んで互いを縛り付けて小指を絡ませているが、夏でも二人の距離の近さは変わらなかった。
いまは夏。暑い季節だ。
それなのに、内番姿の小狐丸は同じく内番姿の内番姿の三日月を後ろから抱き抱えて、縁側で薄紅色の蓮に青い桜が降り注ぐ光景を眺めている。たくましい両腕の中に収まっている三日月も小狐丸の胸板に頭を預けていた。
幸せな光景だ。
「いや暑いでしょ」
通りがかった加州清光が普段通りの呆れを見せて二振りに突っ込みを入れる。どの目で見ても明らかに幸せそうなのは三条の太刀である二振りのみで、他の刀剣男士たちは柔らかな温もりの目で眺めるかすでに慣れたものと通り過ぎている。加州だって突っ込みたくはなかった。
加州の言葉に顔を上げた小狐丸は、これ以上ないほど幸福そうな顔をしながら言う。
「三日月はひんやりとして気持ちいいですよ」
一層体を密着させる三日月はこれ以上ないほど平静な顔をしながら言う。
「小狐丸は冷えた体に丁度いいんだ」
「あっそう」
一年中のあいだ、一時すら離れたがらない番に何を言っても無駄だと改めて理解した加州は遠慮なく呆れることにした。気遣う必要はないほどの時間を、小狐丸と三日月とは同じ本丸の屋根の下で過ごしている。
「きよみつー」
廊下の下手から歩いてくるのは、大和守安定だった。手には肩布を持っていた。
何事かと三振りの視線が集まる。その視線を受け止めながら安定は呑気に話す。
「あのね、虫が出たんだ」
「ああ」
「無事に退治できたんだけど、それが清光のに落ちちゃった」
「何してんだよ!」
「仕方ないじゃん」
加州としては嫌いな虫を退治したのは褒めても良かったが、それが自分の衣服にくっついたと思うとぞっとしてしまう。
「まあ、一応叩きはしたから。気になるなら歌仙に洗ってとか頼みなよ」
「はいはい。もうしないでよ」
反省も悪気の色もなかったが、相棒のすることには慣れているためもう終わらせることにした。いつもの赤い布を受け取って広げると虫がついていないことを確かめる。どこにも生物の痕跡はなかった。
それでも一応は洗いたい。
加州は手の中にある布を洗濯すると決めて、安定と一緒に立ち去ることにした。
「なあ、小狐丸」
「どうしましたか?」
「俺も加州と大和守のようにお主と仲良くしたいなあ」
なんと。
振り向きはしないが足は止まる。安定からは振り向いた気配がしているが、まだ何も口にしない。
「貴方がそんなことを言うとは珍しい」
「いけないことか?」
「いいことだと思います」
ふふ、と笑う気配がして反射で振り向いてしまう。その視線の先には鼻の先をちょんと突き合わせている小狐丸と三日月がいた。
幸せそうな笑顔でくすくすと戯れ合う平安の刀に「もう少し風紀を気にしろ」と言いたくなる幕末の刀である加州だった。
その光景の名は幸せという
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